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バロック関係二つの講演の覚書 2006年11月30日と12月13日、パリにて

11月30日、サンジェルマンのオディトリウムで、手のジェスチュエルをテーマにした講演に出席。午前中がカンボジア舞踊の「クメールの手」とクリス ティーヌ・ベイルによる「17世紀バロック・バレーの手」、午後から「コンテンポラリーダンスの手」と「フラメンコの手」でいずれもダンサーであり研究家 でもある面々による実演付き。バロック・バレーはバロック・ギターによる伴奏付き。このオディトリウムでは「手のシリーズ」をやっていて、指揮者の手振り とか人形劇の手とかメタ楽器として歌の伴奏となる手とかをテーマにすでにいろいろな講演や公演があったらしい。

クメールの手のサンタ・ラングが話して踊る舞台の右端、ピアノの椅子の上に猿(ハヌマン)の面、左に蝋燭が置いてある。蝋燭に火をともすと香が漂う。 ジェスチュエルは感情の表現はせず、すべて宇宙の生命力の依り代になるらしい。武術のように重心が低い移動。演者はパリにクラシックバレーを学びにきてか らコンテンポラリーに転向、それからカンボジアに戻って王宮舞踊を学んだという。山海塾から学んだというエネルギーは螺旋運動だという動きも見せてくれ た。ひねったりしぼったりするとエネルギーが効率よく取り出せるというのはよく分かる。

「私は狂っているのか?生きているのか?」というテーマで四人の講師が一列に並んで即興で手を動かす。カンボジアは腕と手のみの動き、バロックも下半身 はほとんど動かず、コンテンポラリーの手の動きは全身と連動、フラメンコはスカートさばきが入る。

次がクリスティーヌ・ベイルで、サラバンドの同じ振り付けをメランコリックと陽気なのと二つの表現を仮面を使い分けて踊り、解釈の範囲について解説があ る。手首の動きが足首に、肘が膝に対応してそれぞれに躍動を与えるという説明。次にバロックギターのテクニックの本の挿絵をみせながら、ギタリストの手に ついて説明に続き、バロック・ジェスチュエルの実演がある。ジェスチュエルが表現するのは話の内容そのものでなく、ト書のような、内容に関する「演出の意 図」なのだという説明だ。

私の知りたかったのは、ルネサンス・ダンスで装飾譜は足の動きの即興として踊られたのになぜバロック・バレーでは腕の動きになったのかという話だったの だが、そういう文脈ではなかったので今度クリスティーヌ・ベイルに個人的に聞いてみることにする。

コンテンポラリー・ダンスのエリザベト・シュワルツは、バレーの重心が横隔膜だったのが腰に下がっていったことや、いかに有機的になったかとか、動作は パントマイムのように意味を担うのではなく、それ自体が言語となるとかと説明した。クメールのダンスが神の憑依であるように、コンテンポラリーも自然との 一体を目指す。

シューベルトの「楽興の時」でイサドラ・ダンカンの振り付けを踊り、イサドラ・ダンカンはシンプルな振りを見つけるのに何年もかかったと、これまた武道 の修行みたいなことを言う。スクリャービンの「メランコリック・ダンス」で、イサドラ・ダンカンをもう一つ、『母』というタイトルで二人の子供を亡くした 母の慟哭を踊る。バロック・バレーやバロック・ジェスチュエルと違って、内容そのものがもろ振り付けに現れるので、ロマン派風感情垂れ流しという感じだか ら、個人的には引いてしまった。振りはexpressionじゃなくpathosそのものだからだ。

1930年代のドイツの『緑のテーブル』というダンスのビデオが流され、黒服に白仮面の10人の男たちがテーブルの両側からテーブルを手で叩いたりす る。手は一種の残酷さを際立たせているそうだ。

カリーヌ・ゴンザレスによるフラメンコはダンスと歌と音楽が三位一体になっている話、アンダルシア派とマドリード派の違い、男の手と女の手の違い、外へ の爆発でなく内への爆発であり、腕も手も体に沿って戻ってくること、視線も足元に行くことが多く、大地とつながっている、基本的にマージナルなルサンチマ ンの表現であるとともにソリスト個性の表現であることなどが説明され、ファルコやファルキートのフラメンコのビデオの他、音楽を聴きながら自動画を描きそ れにあわせて踊るアヴァンギャルドのヴィンセンテ・エスキードのビデオも見た。この人はパリに20年以上暮らし、ピカソやミロの友人だったそうだ。

全体を通して、「芸術には科学のような進歩の概念がない、四つのダンスに価値判断はしない」という観点が、言い訳のように何度も繰り返された。出席して いたパリ・オペラ座のバレー教師が、最後に、「ああ、結局、クラシックバレーでも、手や腕や視線の表現にバレーのエッセンスがあるのかもしれないと思えて きた。飛び上がって空中で足を二度打ち鳴らすというような部分にエッセンスはないのかもしれない」とコメントして感激していた。

私の感想は、なんか、四つとも似てるなあ、ということだ。クメール舞踊とフランス・バロックとコンテンポラリーとフラメンコでは何の共通点もないと思わ れるかもしれないが、共通点は、まさに、「手の動き」なのだ。「芸術には進歩の概念や価値判断がない」などと言うが、90度に開いていたバロック・バレー の足がクラシック・バレーで180度に開いたように、可動性などはどんどんエスカレートして、難易度は上がり名人芸というものが登場してスターシステムが でき、プロとアマが別れ、テクニックを持たぬ者は観客という消費者となっていくという事情は音楽も踊りもスポーツも共通している。

鍵盤楽器も、バロック前期は長い指三本で弾いていたのが、親指や小指が導入され、楽器の性能も良くなり、演奏の難易度が増していった。しかし、ダンスに おいては、そのような難易度をこなすのは、基本的に脚と足である。体を支え運ぶという本来の機能の延長で飛んだり跳ねたりくるくる回ったり高く上げたり、 高い技術をマスターしなくてはならない。体操競技やフィギュアスケートと同じで、時代と共にテクニックはますま す洗練されて行く。

ところが、「ダンサーの手」は、ものをつかんだり道具を操るという本来の機能から解放されている。楽器奏者の手はツールとしての機能を極限化する「進 歩」の道を歩むが、ツールであることから解放された「ダンサーの手」は、足のように難しい動きを強いられるわけではない。「楽器奏者の手」や「ダンサーの 足」は感受性や「気持ち良さ」を犠牲にして、機械として訓練される。コンテンポラリー・ダンスはクラシック・バレ ーのそのような一種の非人間性を拒否して、もう一度身体の感受性や自然との交歓などを追求したわけだ。クラシック・バレーのアンチテーゼとしてバロック・ バレーの反対方向に行ってしまったのだが、近代西洋の効率という縛りやヴィルチュオジテの強迫から体を解放するという意味では、バロックと共通点を持つ。

しかし、「ダンサーの手」はクラシック・バレーでも機械観に侵されずにすんだ。「表現」だけを受け持ったのだ。そして、楽器や道具を持たないただの手 は、どんなに微妙な表現を追求しようとも、筋肉の動きとしては大したことをしない。まあ人によって器用や不器用はあるだろうが、要するに、手の動きは限ら れているので、どの文化でも似てくるし、さほど難しいものではないということだ。

フィギュアスケートやクラシック・バレーのテレビでも見ながら、腕と手の動きだけ真似てみるといい。普通の人でもたいていの動きは模倣可能だ。足の動き となると全然別で、名人の動きは素人には神業である。クラシック・バレーの先生が「バレーのエッセンスはひょっとしてなんでもない手の動きにあるので は?」と自問したのもどうりで、「道具に関わらない手」の動きは、基本的に普遍的なのだ。その、技術的に限られた手の動きを追求して行くと、どこの文化で も似たり寄ったりになる。もちろん見た目はかなり違うし、体の他の部分との連動のし方やリズムのとり方は違うのだが、それは音楽シスタムの違いや体や足の 使い方の違いに起因しているので、手の動きだけ純粋に取り出すと、差はなくなってくる。

夏にモロッコでオリエンタルダンスを少し習ったのだが、肩の震わせ方とか、腹の震わせ方のテクニックに感心して、練習しても、まったくさまにならなかっ た。普段肩とか腹をそういう風に動かすことがないからだ。しかし、どの文化に生きる人でも、人間は生きるために手や指を駆使する。手の機能は第二の脳と言 われるぐらい発達していて、道具なしの新しいアート表現を強いられても、それが自分のカルチャー以外の動きでも、楽にスタンバイ状態だ。

このことは私にとっておもしろい発見だったのだが、よく考えると、私の手は小さい時から訓練された器楽奏者の手であり、バレーの手にも半世紀以上なじんで いる。指の可動性や大きいし、左右の手や各指の独立性も高い。高度の筋肉の力を要する跳躍などの足技になるともう全然動かないし体も柔軟どころかかちかち 状態で体力もないのだが、手だけはまあ現役状態だ。だから私にとって楽に模倣できると思えるバロックの手やフラメンコの手やクメールの手のジェスチュエル も、「普通の人」にとってはひょっとして難しいのかもしれない。

しかし、100歳過ぎてもすごいスピードですばらしい編み物を続ける人もいるから、手の現役維持は体の他の部分に比べて、一般的に楽なのだと思う。もっ とも年と共に腱鞘炎だのリューマチだので手指の使用が困難になることもあるので、使えるうちは、パソコンのキイボードばかり打っていないで楽器をやったり 踊りの振りをしたりしてぜいたくに使おう。

 もう一つの講演は笹川日仏財団で行われた「バロック演劇と歌舞伎」というもので、こちらも映像資料と実演付き。音楽と踊りを使った『ブルジョワ・ジャン ティオム』の演出で話題になったバンジャマン・ラザールとルイーズ・モアティで、バロック演奏家二人を連れて9月に青山学院大学で公演した報告会だ。

70年代にバロック演劇のテキストのコンテキストが発見されてジェスチュエルが研究されていく歴史、17世紀のフランス演劇や歌舞伎は観客に向けて上演 される劇であり、それが、しだいに客席が「四つ目の壁」といわれるように、劇は観客がいなくても成立する「別世界のリアル」となっていく。観客は自分がい なくても成立する世界の出来事をいわば盗み見ているわけだ。最近観たモンテルラン戯曲シリーズの世界はまさにそれだった。歌舞伎やバロックは観客の期待に 応え、観客に語り、演出そのものを見せる。

19世紀末の貞奴の公演はアルトーらフランス演劇に影響を与えたわけだが、実はバロック演劇に戻れば、すごく似ていたわけだ。ただ、フランスではバロッ クの伝統は一時途絶えたのに、日本では西洋風演劇が輸入された後でも歌舞伎や能は平行して続いていた。

フランス・バロックをやっている人が日本で歌舞伎や能を観たら絶対にその親和性を発見すると思っていたのだが、まったくその通りだったので楽しい。私た ちのバロック・グループが音楽を通して発見したことを演劇を通してほぼ同じ過程をたどっている。

フランスでは、雄弁術の弁士は役者のように、役者は雄弁術の弁士のようにその技術を発達させてきた。肉体はディスクールの座でレトリックの場として意識 され演出される。

17世紀の発音と抑揚で展開されるフランスの寸劇は狂言そのものだ。画像のようにぴったり決まる「型」が、静止ではなくそのまま次の所作や語りの躍動に つながる事実は興味深い。私も数年前にバロック演劇の研修に参加して必死にテキストを暗記したが、17世紀の発音はパスした。しかし17世紀の発音のどこ までも尾を引く感じが、歌舞伎の言い回しなどに似てくるのはおもしろく、発音のし方に意味があることが分かる。尾を引くというより、隠れている音が全部繰 り出されてあらわにされるという感じだ。17世紀でも、日常生活では多くの子音や二重母音はもう発音されていなかった。畳まれ飲み込まれている音が演劇の 世界で、余韻をもって開かれ伸ばされていくのだ。

講演と実演の後のパーティで、イエズス会劇が16世紀の終わりから17世紀はじめに阿国歌舞伎に直接影響を与えた可能性や、自動楽器によるバロック音楽 の伝達などについてバンジャマン・ラザールに話す。彼はもちろん目を輝かせて食いついてきた。同じフランス・バロックもので同じ財団の助成金を得て日本に 行ったという共通点も何かの縁だし、彼の劇団と私のアンサンブルがジョイントしたらおもしろい試みができそうだ。1月に折を見てうちのメンバーも交えて ゆっくり話し合うことにする。

クリスティーヌ・ベイルともいっしょにやりたいのだけれど、バンジャマンの方が若くて柔軟性があり貪欲で、音楽やバレーより演劇畑から私たちの分野と微 妙にずれているのがかえってやりやすいかもしれない。そして日本に視線が向いていて能の小早川家(狂言から能に転向した)や青山学院など独自の人脈をもっ ているのも利点だ。私たちのトリオが日本の能舞台で尺八や仕舞やお香と共演したり、国立劇場に歌舞伎を観にいって市川右近を楽屋に訪ねたりしたことも偶然 ではない。バロックの所作と日本の伝統演劇の所作は親和性があるのだ。

その時バンジャマンが見せてくれた本が興味深かったのでさっそく購入した。ガリマール社の『FIGURES DE L'ACTEUR--Le Paradoxe du comedien』(俳優のかたち−−役者のパラドクス)という一種の写真集だ。絵画資料から歌舞伎絵、デスマスク、サラ・ベルナールのポスター、そっく りさんの大会ポスターまで、人間の体や視線や表情が、純粋に「表現のツール」としてまたは何かのシンボルとして駆使され、期待され、受容される様子が刺激 的だ。 (2006.12.20)

小さな優しき歌

去る9月14日に東京の上野文化会館小ホールでトラヴェルソの朝倉未来良さんとチェンバロの木村夫美さんのコンサートがあった。「フランス・バロックの よろこび」というタイトルだ。プログラムに解説を書かせていただいた。以下に転載する。

「フランス・バロックとトラヴェルソバロック音楽と一口で言っても、いわゆる近代西洋音楽の基となったイタリア=ドイツ系洋楽の基となったバロック音楽 と、フランスで発展したバロック音楽とはまったく違う。フランスのバロック音楽は舞踊組曲を中心にバッハやモーツァルトも含めて多くの音楽家に多大な影響 を与えたが、有名なラモーとルソーの論争を経て、フランス革命と共に消え去ってしまった。フランスのバロック音楽が再発見されて研究され始めたのは 1960年代以降のことにすぎない。

日本が明治時代に西洋文明とともに洋楽を取り入れた時、そのカルチャーショックは大きかった。今ではよく知られていることだが、日本人は邦楽を言語や虫 の声やハミングと同じ左脳で聴いている。論理も感情も自然界の音も、言葉のように聴くのだ。それに対して、「西洋人」は洋楽器を非言語的な純音のように右 脳で処理している。虫の声やハミングや泣き声も同様だ。そして言語音や論理は日本人と同様に左脳で処理する。つまり左脳で論理、右脳で感情や自然界の音 と、はっきりと分けられているのだ。日本人は洋楽の輸入と共に「もの」としての抽象的な音楽を右脳で聴き始めたが、それは本来「感情」の処理部分ではな かったので、「洋楽=抽象的=高級」という印象ができあがってしまった。それと対照的に「日本的な曲=情緒的=庶民的」というイメージがある。その落差を 無意識に埋めるために、日本人は洋楽の中でも「感情移入」が前提とされる「ロマン派」の音楽を愛してきたのだろう。

しかし、こういう文脈で言われる「洋楽」とは、実は洋楽の歴史の中でイタリア=ドイツ系がフランス系に勝利した1750年以降の古典派音楽とその発展形 態であるものに過ぎない。西洋脳と日本脳の違いがあるのではなく、歴史と文化の変遷が差異を生んだのだ。そして、西洋近代には進化論とともに進歩史観が あったので、新しいものは古いものよりも優れているという錯覚がまかり通ってしまった。

本題に入ろう。フランスのバロック音楽とは、日本の音楽と同様、語り物であり言語である。いや、ルネサンスくらいまでは、イタリア音楽だって歌であり言 語的メッセージだった。カトリック教会が「恋の歌」系の音楽を異教的なものとして嫌ったので、教会ではまず神をたたえるユニゾンの聖歌ができ、さらに神の 創造の調和をたたえるポリフォニー音楽が生まれた。イタリア系ではそこからさらに和声進行にのっとった「メロディラインと伴奏」という近代音楽が生まれ、 産業となって現代の商業音楽のベースをなしている。

そのようなイタリア音楽から派生しながらも、フランス・バロックには二つの大きな特徴がある。「語り」と「踊り」だ。フランス語の話法はギリシャ演劇と 親和性があり、歌よりも演劇における話芸が好まれた。日本の浪曲、講談、義太夫のように、色彩豊かで抑揚、リズム、強弱に富み、登場人物と語り手が交錯す るような世界が発達していた。17世紀、イタリアからフランス宮廷にやってきたリュリーはラシーヌやコルネイユの芝居に通い詰めて、その語りの表現を研究 しそれを音楽に乗せることに成功した。そこには抽象的規則的構造がない。しかし剥き出しの感情の発露ではなく、あくまでも演劇的な「感情の再構成」だ。そ して、もう一つのフランスの伝統である音楽の身体性の表現として幕間にバレエを挿入することにして、フランス・オペラが生まれた。同時に、宮廷でもバレエ は身体技法として重要な役割を持っていた。フランス・バロックにおける楽器は、演劇における声のように使われ、身体を支え感覚を味わえるように演奏された のだ。

ルネサンスにおいて楽器が歌の伴奏から「解放」されて以来、楽器の目的はフランスとイタリアで別方向に分かれた。フランスでは神が人に与えた楽器である

「声」をいかに完璧に真似るかということが理想となり、イタリアでは個々の楽器がそれぞれ固有のヴィルチュオジテ(名人技巧)を目指すことになった。その 結果、イタリアでは、フランスとは逆に人間の声の方が楽器の演奏技巧を真似るという事態が発生した。ヴァイオリンのバリオラージュを歌手が模倣するのは典 型的な例だ。器楽曲は語り物の担う「意味」から遊離して、音階やアルペジオのような生の音楽要素が超絶技巧の誇示のために華々しく使われるようになった。 声楽もそれに続いたのだ。メロディは美しく、魅惑的で、器楽は声と独立した独自の体系を作っていった。

一方、フランスでは、ひとつのメロディはひとつの言説(ディスクール)であり、器楽曲も、まるで歌詞があるかのように、意味があるかのように、オペラの 一部であるかのように奏され続けた。今回のプログラムのオトテールの曲にはその性格が最もよく現れている。あるメロディに一つの楽器が選ばれるのは、ある 役柄の声と台詞回しを模すことに等しい。各楽器はその性格に合ったメロディを受け持つのだ。オーボエは田園風のパストラルに、ファゴットは不吉な予感や冥 界の光景に、フルートは嘆きやメランコリーや夢想の表現にオペラで使用され、そのカラーがそのまま器楽曲に使われた。

楽器として抜群に安定し大きな表現力やヴィルチュオジテを可能にするヴァイオリンが登場してからは、他の楽器もヴァイオリンに倣った近代楽器と近代奏法 への進化の道をたどりフランスでも同傾向が見られるのだが、トラヴェルソとヴィオラ・ダ・ガンバだけは、ヴァイオリンの影響に長く抵抗した保守的な楽器 だった。

そんなフランス・バロックの世界で、フルートは特に愛された楽器だ。18世紀の初頭、ドイツ・フルートという名にもかかわらず、フランス人のミッシェ ル・ド・ラ・バールがフルートのために最初の組曲を捧げた。組曲はさまざまなバレエ曲を組み合わせた身体性の高い曲だが、フルートはメロディだけでなく独 特の音色の変化という特色を発揮できる。息遣いや音そのものが音楽におけるインスピレーション(霊感)になっているのだ。トラヴェルソはヴァイオリンほど にアタックが自在ではないので、すべてのバレエ曲に向いているわけではない。サラバンド、アルマンド、クーラントのようにメロディが生き生きとするものを 得意とする。

ところがイタリア発の「楽器の王」ヴァイオリンとの交流によって、トラヴェルソは自らの殻から解放されていく。嘆き節、恨み節の役どころだったトラヴェ ルソが、ヴァイオリンのヴィルチュオジテに触れて、脱皮する。それに一役かった天才職人たる存在がミッシェル・ブラヴェというトラヴェルソ奏者だ。彼はコ ンセール・スピリチュエルという器楽公開演奏会で多く弾き、その名人芸と迫力で人々を感嘆させた。ラモーのオペラでも弾いたので、ラモーは彼のヴィルチュ オジテに合わせてトラヴェルソのパートを作曲した。フランスではオペラがコンサートよりも格が上だったので、これによってトラヴェルソは新しいキャラク ターを獲得した。

ブラヴェの親友だったボワモルティエは、フランスではじめてトラヴェルソのためのコンチェルトを作曲した。イタリアの影響が大きく、最初のコンチェルト は五本のフルートのためのもので、トラヴェルソとチェンバロの曲集はブラヴェに捧げられている。チェンバロ曲には、チェンバロ主導に他の楽器(ヴァイオリ ン、ガンバ、フルートなど)を修飾的に伴奏させるスタイルの伝統がある。モンドンヴィルやラモーのチェンバロ曲は明らかにチェンバロが主体だが、ボワモル ティエの曲はチェンバロとトラヴェルソの間でかわされる真の会話になっている。一貫した「語り」の中で、互いに不可欠な二人の登場人物が言葉を投げかけ合 うのだ。

ルクレールはイタリアに長く住み、フルート・ソナタはすべてヴァイオリン・ソナタのヴァイオリン・パートをフルートにしたものだ。1730から40年代 に多くのソナタがフランスでフルート・ソナタとして出されたのは、ブラヴェによって見いだされたこの楽器の価値がすでに認められ愛されていたからだ。  デルヴロワはヴィオラ・ダ・ガンバの奏者で、彼のフルート曲はヴィオラ・ダ・ガンバの曲の転曲だ。オトテールの曲が古いタイプのトラヴェルソ曲であるよ うに、デルヴロワも、18世紀末てはあるが、マラン・マレに影響された典型的なガンバのフランス曲を創った。それ故に、デルヴロワとオトテールは、純粋楽 曲の「ソナタ」ではなく、バレエを基にした身体性の高い「組曲」という名が付いている。

これに対してルクレールやボワモルティエの「ソナタ」はイタリア風なのだが、彼らのソナタの中にも、バレエ曲の動きや、オペラやレシタティーヴォの影響 の濃い抑揚や節回しが見られるところがフランス・バロックの面目だ。特にトラヴェルソは、前述したようにガンバと共に保守的な高貴な楽器という特性を失っ ていなかったので、「フランス風」が顕著にうかがえる。

最後に調性について一言解説しておこう。

フルートはニ音(D)中心の楽器だから、嬰記号の演奏が得意だ。必然的にシャープ一つのト長調やホ短調、シャープ二つのニ長調やロ短調がよく使われる。 しかし、楽器を熟知してこれ以外の調性にチャレンジすると、少し暗目の独特の色艶が現れる。オトテールやブラヴェのようなフルーティストはそれに挑戦し た。特にオトテールはフルート製作者でもあり、ド・ラ・バールによって始められた音の色感の研究を深めた。このプログラムでは、オトテールによるト短調の 曲やブラヴェによるニ短調の曲を味わえる。  日本人の感性にぴったりの左脳で聴く語り物のオトテールやボワモルティエやデルヴェール、ヴィルチュオジテの楽しみと感動を惜しみなく与えてくれるブラ ヴェなど、変化に富んだスリリングなこのプログラムは、音楽療法としても大きな可能性をひめた身体性の高いフランス・バロックのまさに醍醐味だと言えるだ ろう。」

以上だ。こんなに長いものを割愛せずに載せていただいたのは嬉しかった。バロックとか古楽とかいうコンサートは日本でもいろいろあるだろうけれど、イタ リアやドイツのバロックもフランスのバロックも区別せずに並べられることが多いようだ。ユニヴァーサルな「科学」として意識され、数学者ラモーによって完 成されたフランス・バロックの特殊性、そしてそれが、意外なことに、「科学的」の対極にあるかのような邦楽につながる感性を持つことは、強調する必要があ る。その語り物にぴったりだったのがフルートだった。

フルートは金属製なのに今でも木管楽器に分類されるのは、もともと木製だったからだ。朝倉さんはもっと有機的な素材、象牙性のフルートを使用している。 尺八が、竹やぶを吹き抜け竹の節穴を歌わせる風のイメージを再現するように、バロック・フルートは鳥の声、人の嘆息を再現する。フランスのフルート・コン クールでは日本人が技巧を磨いてもなかなか入賞できないと言われるが、それは他の近代楽器のように技術を完成しようとするからだ。フランスのフルーティス トは、完成させた技術が突出しないように矯めて、いかに有機的、即興的、生命的な表現をするかに腐心する。技巧のための技巧はフランス的エレガンスに合わ ないのだ。力業が見えるのはすべて下品だ。

このコンサートについて音楽雑誌にコメントが出た。プログラムの解説の後、次のようにある。

「朝倉のトラヴェルソは、まさに「人声」に近い響きと語り口が聴かれ、当時のフランス・バロック音楽の理想ともいえる、楽器のあるべき姿を堪能させた。 18世紀前半の象牙製といわれるトラヴェルソを使用し、繊細でありながら人肌の温もりが伝わる美音が印象深い。フレージングは細部まで練り上げられ、人の 弱声にも近似する繊細な息遣いが優しく包み込む、またブラヴェなどでは、急楽章に卓越した 技を披露し、トラヴェルソの極限であろうヴィルトウオジテすら感じさせた。」

フランス・バロックとトラヴェルソの特徴を全部ピックアップしてくれて嬉しい。私もライヴ録音を聴かせていただいたが、フランス・バロック的な気持ち良さ があふれたすてきなものだった。フランスのエレガンスを持ちながらすごくイタリア的でメロディがきれいてボワモルティエは堪能できるし、オトテールの解釈 も、フランスのバロック奏者にひけをとらない。テクニックを聴かせる部分も軽々と楽しそうだ。市販されているCDは2枚あって、いずれもサービス精神に満 ちている。「Le Lutin−いたずら好きの妖精」(WRCA−1001)と「小さな優しき歌」(WRCA−1006)だ。なんだか朝倉さんと木村さん のプライヴェートコンサートに招かれているような気になる。お二人の暖かい人柄や、よいお友達に囲まれている様子まで伝わってくる。

そんなお二人に実際に招かれているようなアト・ホームなミニ・コンサートがもうすぐ八王子であるそうだ。カフェ・アリコヴェールというところで、お茶会 とディナー・コンサートの二回。アリコヴェールって、フランス語の隠元豆「haricot vert」のことだと思うけれど、フランス語だと所帯臭いけれ どカタカナだと何となくおしゃれだ。おしゃれで家庭的、というデュオ・リュタンのイメージに合っている。 (2006.11.20)

ミンコフスキーとジェシー・ノーマンなど

6月30日、シャトレー座の今シーズン最後を飾るコンサート、ミンコフスキー指揮でジェシー・ノーマンのソプラノ、パーセルのバロックオペラ 『ディドとエネアス』を聴きにいった。27日についで2度しかない公演でぎっしりの満席、おりからの暑さに冷房がないので快適とはいいがたい。27日の評では、オペラよりも、その前のロマン派レパートリー、ベルリオーズの『夏の夜』から、テオフィル・ゴティエの詩を六篇歌ったのを最高だったとしていた。そ の前にグリュックの『オルフェとユリディス』から器楽曲がある。

ベルリオーズのためにジェシー・ノーマンが舞台に出てきただけで、「ブラボー」の声が上がったのには鼻白んだ。いくら今最も有名なソプラノだからといっ て、一声も聴かないうちからもうブラボーというのでは、スターシステムの中でアイドルに叫ぶのと変わらない。彼女を生で聴くのは初めてだ。ゴティエの詩は 色彩感にあふれるベルリオーズの曲とともに一つ一つ壊れ物を扱うように繊細に歌われ、いかにもフランスものという語り物のよさがあったが、こっちの目当て はバロックオペラなので、酔いしれるというにはほど遠かった。

彼女の声は、空気を切り裂く矢のように届くのではなく、玉のように投げられる。そういう触感が独特だ。

パーセルは期待通りだった。ジェシー・ノーマンの他に魔女役のメゾ・ソプラノにフェリシティ・パーマー、ちょい役の精霊に今をときめくカウンター・テ ナーのフィリップ・ジャルスキという豪華キャストだ。ジャルスキの高音を聴いていると、それは矢でも玉でもなく胸から棒みたいにつながって形を変えてい く。楽器ではビオラ・ダ・ガンバやチェンバロよりテオルブやバロック・ギターやチェロが目立っている。効果音も楽しい。第3幕のチェロ、自殺するディド、 レクイエムのようなコーラス、そして、全てが、ため息ごとに消えて死んでいくラスト、この世を去る時はこういう曲を聴きながら逝けたら気持ちがいい。商売 がら、少し気に入った部分は自然と3声から5声に分けて聴いて、トリオで再現したらどういう効果になるかを測ってしまう。楽譜を見なければ。

去年も学年末のコンサートのことを書いたので、今年も報告。ヴィオラの今年はアリトミックのオーボエ奏者ソフィーと別れて音楽シティに勤めているフルー ト奏者のエリカと、ヴァイオリンのジャンと室内楽のトリオを組む。これにピアノかもうひとつのヴィオラを担当できるコリンヌがいるので、この組み合わせな らレパートリーは無限にある。モーツアルトやビバルディなどを弾いた後で、ジャンが病気になり抜けて、6月の私の生徒の発表会ではエリカとハイドンの主題 と変奏を弾いた。どうってことない曲だが最初の和音の一音だけ弓で弾いて下2音を爪ではじくところが気に入ってる。「ソナタSekko」の2楽章もエリカ と合わせてみた。1年ぶりで弾いたのでこちらはぼろぼろだったけれどエリカは初見でちゃんと弾いてくれたので希望が沸く。コリンヌのクラスの発表会では、 オペレッタのオープニング・テーマをはじめて弾いた。チェロやクラリネット、オーボエ、フルート、ピアノ、ヴァイオリンにヴィオラで、オーケストラ曲を弾 くのは初体験で、はじめて、ヴィオラのトレモロとはどう弾くのかを発見。ビバルディやバッハやテレマンを1時間半弾いた後でも、このオペレットで締めくく ると、コンセルヴァトワールを出てくるときにはオペレッタのワルツを口ずさんでいる。「通俗の力」とはすごいもんだ。発表会でもすごく受けていた。下手で も受ける、それも通俗の力の一部だ。

それに引き換え、通俗とは対極にあるラモーは・・・技術はもちろん解釈と意思と使命感がないと全然分かってもらえない。私たちも、聴衆がいる以上、分 かってもらう努力をして、迎合することもメーッセージのうちと批判されることがある。夏至の音楽祭では、そういうサーヴィスのつもりで光の演出をした。私 のピアノの生徒のエリックが照明技師で、18のプロジェクターにミラーボールで、曲のイメージと色を合わせてくれたのだ。もともと23時からのラスト・コ ンサートで、休みなし、解説入れて小一時間、最後にろうそくの火をひとつずつ消して誰もいなくなる燭台コンサートの伝統上にある。選曲もそのイメージに あった「親密な夜の語り」というものにした。

そのライヴ録音のCDをやはり私の生徒である元公共事業技師のマックスが作成して持ってきてくれた。その中で、ラモーの曲やモンドンヴィルなどははじめ て聴く曲だ。モンドンヴィルのアリアは踊るような曲で、管弦楽ヴァージョンのCD は聴いたことがあるが、ギター3本のトランスクリプションは始めて耳にする。もちろん弾きながら聴こえているけれど、4声を外から均等に聴くのはCDが初 めてだということだ。このアリア、木漏れ日が水面に落ちてはじけて、飛び散るみたいなきらきらした愛らしさ、いつまでもころころまどろんでいたい子供時代 の昼下がり、気持ちがいい。ミオンのメヌエット、滑りながら踊っていける、しかも曲が、方向をリードしてくれてそれにまかせればいい、約束された安逸、ミ オンのポジティヴ部分が全開。ラモーの8分の6拍子のオペラ曲、これはルイ16世の誕生を記念して作られたオペラなのに、不吉さと諦念と呻きがあって何で こんなに苦しいのかと思うが、不吉を人工的に構成することで、その毒を消して昇華しようという挑戦もあってそこが救いかもしれない。そして元チェンバロ曲 で晩年のオペラに入れられたラモーの「AIR TENDRE」の神秘さ。これを思い切ってゆっくりしたテンポで弾く私たちの解釈は、ラモーの世界的権威で あるマルセル・ブノワ女史のサロンで弾いた時に賛同を得ている。これをはじめてCD で聴き、50秒目ちょっと前で現れる第二部の冒頭の二つの不協和音の驚くべき透明な美しさに驚倒。ラモーの世界はどこにもないユートピア、ノーマンズ・ラ ンド、脳内楽園、孤独だけが到達できる甘味。あまりに魅惑されて何度も聴いていると、家人からナルシストだとコメントされてしまった。でも別に私のトリオ が弾いているから気分よく聴いているのではない。こういう曲、こういう世界が好きだからわざわざトリオを組んでいるのだ。この曲をこのサイトにUPしてみ なさんにおすそ分けしたい。

日本にCDを持って行きます。そのうちラモー世界とミオン世界の比較論考を始めます。5月に出した『レオナルド・ダ・ヴィンチ伝説の虚実』の中ではレオ ナルドとミケランジェロに託した救済への二つのアプローチの音楽版です。ちなみに、モーツアルトは、ミケランジェロやミオン型のグノーシス風救済観を持っ ていたのに、クリエーターとしてはダヴィンチやラモー型のタイプだったので、その齟齬が彼の魅力だと私は見ています。ラモーの演奏会も日本で企画したいで す。ご意見があれば歓迎。 (2006.7.2)

モンテヴェルディの『ORFEO』

シャトレー座にモンテヴェルディのオペラ『オルフェオ』を見に行く。オペラは1月のマリオネット・オペラ以来数ヶ月ぶり。 もうどこでもスクリーンを使った演出が定着した感じだ。

5月28日と6月21日のコンサートでモンテヴェルディをひとつ入れているので、最近BGMに使っている。昨年の暮れのモテットが素晴らしかったのは前 に書いた。

このオペラは、とにかく濃密で、emotionnel だ。150年後のラモーのフランス・バロックオペラも、250年後のヴェルディのイタリア・ロマ ンティックオペラも両方詰まっている。この両者が全く別の方向に進化していることを思うと実に感慨深い。

モンテヴェルディの頃はまだフィチーニや、彼を通してプラトンの芸術論がイタリアでは幅を利かせていた。プラトンは、ハーモニーである音楽は、固有の陽 気さや悲しみは持っているものの、外的な感情をあらわすことはできない、それにはロゴスが必要だと言った。つまり、詩によって、感情や状況を説明してこそ 音楽は感情を伝えるツールになると言うのだ。そこでモンテヴェルディは、オルフェオのドラマチックな台本をオペラにする。結婚の喜び、そこに不吉なメッセ ンジャーがやってきて、妻の死を告げる。悲しみ、絶望、そして反抗、冥界へ降り、番人を眠らせ、妻を連れ出す許可を得、しかし後ろを振り返ってしまい、妻 を永遠に失う。その後自棄になるのだが、なぜかアポロンが降りてきて、諸行無常を説いて、オルフェオを悟りの歓びに導く、と、喜怒哀楽が激しい。その感情 の変化を、むしろアリストテレス的な精緻さで、メロディーはもちろん、リズム、ハーモニー、音色、印象的な休符を駆使して表現する。観客はきっちりと感情 を揺さぶられる。

フランスでは、言葉による表現は、演劇に集中していた。フランス語はイタリア語のように歌われるのに適していないのだ。音楽も歌よりも踊りに仕えていた と言っていい。フランスのバロックオペラは、感情ではなく体の表現や気持ちよさをささえる音楽から発展した。しかし、演劇の語りをそのまま歌わせるレシタ チーヴォはモンテヴェルディに想を得ている。イタリアの方はその後、器楽曲が感情表現を獲得していって、声も楽器の一種として定型を獲得してともに演奏技 術を競うことになる。だから逆にたとえば器楽ソナタというのはソロ楽器によるアリアのようなものだ。

指揮はチェンバリストのエマニュエル・ハイムだ。演出は現代的で、最初の宴など若者たちがスクーターで野に繰り出すという趣向なのだが、違和感がない。 音楽と歌詞の組み合わせだけが強烈なので、感情は衣装とか装置に左右されない。スウェーデン人のKerstin Avemo や、Michael Slatteryといった金髪碧眼の主役たちが、何となくエキゾチックで現実離れしてることもある。

それと対照的なのが不幸を告げるRenata Pokupic の不吉なメゾ・ソプラノと、冥界の番人Andrea Silvestelli の迫力あるバスで、この二人はいかにも濃い。

6月の末にはジェシカ・ノーマンが歌うパーセルのオペラを観にいく。時代的には、モンテヴェルディとラモーの中間で、フランスの影響も濃縮だ。そして ヴィジュアル的には黒人のディーヴァ。どんな印象になるか楽しみだ。 (2006.5.14)

シガリオンについて

12月13日、クリスティーヌ・ベールの振り付けによるバレー『シガリオン』の上演を14区の市役所ホールに観にいった。このバレーは、1689 年に、ルイ・ル・グランのイエズス会神学校で、学年末の優等の授賞式を記念して中庭で踊られたもので、2000人は入ったという。今残っているのは、主旋 律と和音だけで、今回はそれに肉付けしてチェンバロ1台で弾かれた。元は管弦楽だったので、チェンバリストは、管弦楽のチェンバロへの編曲は当時普通に行 われていたこと、それは決して貧弱化ではなく、独特の色彩を生む事を強調した。

振り付けの方は、いかにもクリスティーヌらしい、キャラクター・バレーの癖の強さと優雅さが混じり、バロックの体の感じ方の極意が、 「RESISTER」にあることを改めて確信した。

11月の末、マルセル・ブノワのサロンでラモーを弾いたとき、私たちが、クラシックギター3台でバロックの管絃楽を完全クリアーしていることについて、

「古楽は古楽器でという原理主義の時代は終わった、私はこのスクエア・ピアノで何度もバッハのリサイタルをやっているし、プラテーでもパラダンでもボレ アードでも(いずれもここ数年上演されたラモーのオペラ)、近代や現代バレーの振り付けをあわせるのが普通になっているでしょう」とマルセル・ブノワが 言ってくれた。アキムもミオンを復活上演する日には、衣装や舞台装置や踊りの時代考証をするつもりはないと言っている。

ところが、だ。シガリオンを見て、何をどう変えても、バロックバレーの振り付け(ラモーもミオンも振り付け譜が残っていないので、もちろん新たに振付け るのだが、バロック・バレーのステップを使うという意味だ)は絶対に変えられないということが忽然とわかった。バロックダンス曲は、バロックのステップに よって体を意識化させるためにぴったりに作られている。解剖学的で、内臓的と言ってもいい。

管弦楽のチェンバロ編曲は独特の色彩を与えるというものの、ドビュッシーが「ギターは表現力のあるチェンバロだ」と評したように、はっきり言って、シガ リオンも、もし我々の演奏だったら、もっと、色彩豊かで華やかで、管弦楽とは別の魅力があったと断言できる(ただしシガリオンには中声部と通奏低音が残っ ていないので、付け足す必要がある)。しかし、真の問題は、楽器ではなく、振り付けなのだ。曲はステップによってのみ使命を果たし、意味を持ち、真の Authenticity を獲得するのだ。ベール女史(私は彼女のバロック演劇とジェスチュエルの研修に参加したことがある)の振り付けは自由で、エレガントで、衣装もシンプル だ。しかしバロック・バレーをもっともよく理解している人にふさわしいステップの使い方だったので、この曲が、つぼにはまり,体で理解でき体で気持ちよく 楽しめる。単に曲の理解とか、フレージングの問題ではない、本質的な何かがそこにある。

私たちは、12月4日の、私の生徒の発表会で久しぶりにミオンを弾いた。生徒の一人の母親は、もとバロック・バレーのダンサーで、日本でも2度公演した ことのあるエレーヌ・バルディニで、私たちのパサカリアを聴いて、感激してくれ、振付けてみるといってくれた。クリスティーヌ・ベールと組むこともひとつ の可能性だが、エレーヌと何かやってみたい。

もうひとつ、シガリオンは基本的に、イエズス会の教育劇であり、踊り手は、11歳から16歳の少年であり、もちろん女性の役も少年がやり、みな面をつけ ていたという事実だ。16世紀の終わり,安土桃山時代に、日本中で、イエズス会劇が巡回して、そこに自動オルガンなどによるバロック音楽があったであろう こと、出雲阿国とがそれに遭遇したであろう可能性について、私は『バロック音楽はなぜ癒すのか(音楽之友社)』で少し触れた。記録には詳しいことは残って いないが、17世紀のシガリオンから想像すると、面をつけていたという可能性はある。私は、今回のシガリオンの復活に協力した歴史家のナタリー・ルコント 女史にカクテル・パーティの時に質問してみたが、時代も国も違うから分からないとあっさり切り捨てられた。日本の芸能史に関してすごくわくわくする想像が 広がるのに、残念だ。15世紀末の日本で、キリシタンの復活祭の行列で『剣の舞』というのがあったことは、ローマの記録に残っている。少なくとも、17世 紀においては、イエズス会でのバレー教育は、戦士としての教育の一環だった。貴族の子弟は、バレーと乗馬と剣術をセットで学んだのだ。シガリオンは意外な ミッシング・リンクかもしれない。(2005.12.15)

Cori Spezzati を聴く

12月16日、室内楽の発表会で、フルーティストと一緒にヴィオラを弾く。前に書いたアリトミックのオーボエ奏者ソフィーとは別れて、パリの音楽 博物館で働くエリカのフルートだ。ヴァイオリニストが来られないと分かったので大急ぎで仕上げた曲で、ほぼ現代もので、バロック耳になっている私には結構 つらい曲だった。まるでソフィーのアリトミックがうつったみたいだ。

それでも何とかこなしてから、大急ぎで、近所の教会でやるCori Spezzatiによる17世紀ヴェニスの元日のヴェープルのモテットを聴きに行った。モンテヴェルディを中心に。モンテヴェルディは、詩篇109の8声 がすばらしく、Pallavicinoの16声の詩篇99もよかった。コーラスの半分がオルガン席に上って、聴衆をはさみこんで歌う。伴奏はオルガンとア ルシ・リュートとチェロ。

モテットにおける各声部の分け方とか、フレーズの繰り返し方とか、母音の伸ばし方とか、変な話だが、バロックオペラを聴くようになってから、その仕組み がよく分かるようになった。フレーズや音がオブジェのように組み立てられ、キュービズムの絵みたいになったり、絵の具の塗り重ねみたいになるところが気持 ちいい。声明の梵讃でこういうのを聴いたことがあるのも思い出す。教会の反響も上へすっと吸い込まれるタイミングがちょうどいい。夏に日本で、サントリー ホールでカルミナ・ブラーナを聴いたとき、残響が音程の揺らぎになりすぎてて、耳障りだったが、うちの近所の教会は、残響の自然処理がひょっとしてパリの サン・ロックよりよくできている。

12月29日にはまたサントリーホールで第九を聴く予定だが、どうだろう。しかし、選択肢があるなら、年末はベートーベンより、モンテヴェルディで決ま りだ。ヴェニスの湿り気までが立ち上ってくる。そしてこういうとなんだが、パレスチナのイエスというユダヤ人とイメージのかけ離れた「ローマ人のキリスト 教」の異教の祝祭的感性が露になり、やがてフランスバロックへと花開くイタリアの前期バロックの近代性が脈打って、知性と霊性と感性のシンフォニーが味わ える。

ダ・ヴィンチが100年後に生れてモンテヴェルディを聴いていたら、視覚芸術が唯一最高などといわなかっただろう。(もっとも彼の音楽批判の中には、残 らないで消えるから、というのがあったから、それに反論するのはまた別の問題だ) 私たちのトリオも、モンテヴェルディをもちろん練習している。(2005.12.9)

15世紀イタリアン・ダンス研修について

万聖節の休みに入ったので、15世紀イタリアン・ダンスの3日間の研修に参加しました。フランスのバロック・バレーのルーツとなるはずのもので す。前にルネサンス・ダンスの研修にも行ったのですが、「見せるものとしての歩き方」の萌芽が興味深かったものの、私のバロックバレー観には大きな影響を もたらしませんでした。それで、今回のイタリアン・ダンスですが、フランス・バロックのフランシーヌ・ランスローのイタリア版である大御所バルバラ・スパ ルチ女史がわざわざ指導してくれるというので大感激であることを別にしても、いくつか興味深いことがありました。それをおすそ分けです。

まず、踊りの高さ。バロック・バレーで、つま先立ちをするのがだんだん高くなって、ついに18世紀以降トウシューズの登場とクラッシックバレーへの進化 が起こるのはよく知られていますが、15世紀イタリアにもその傾向がありました。高く踊りたくなるのは、人間の本性かもとも思えますが、なんと、16世紀 イタリアでは、ほとんどすり足になります。これは謎だとバルバラが言ったので、私はその場で、仮説を出しました。16世紀には、イタリアの領邦国家が没落 してきて、特に芸術の擁護を自分たちのステイタスにする傾向はなくなっていきます。ダヴィンチがフランスに渡ったのもこの頃です。フランス王がミラノにい た頃には、多くのフランス人もやってきて、振り付けノートをフランスに持ってきました。バルバラたち研究者も、フランスでそれを発見したのです。それで、 16世紀イタリアでは、再び、ダンスの一種の民主化が起きたのです。フランスでは、技の高度化や洗練によって、プロフェッショナルの登場、観客とアーティ ストが文化する芸術の産業化まで続きます。それがまたフランス革命で変質するのですが。イタリアでも、17世紀末以降は、フランスのバロックバレーが逆輸 入されて踊りは再び高くなります。私のこの仮説は、一応あり得るとされました。

しかし、たとえば日本舞踊などで、高さが追及されなかったのはなぜでしょう。井上流などは結構アクロバティックな飛び方もしますが、中腰というのは絶対 の基本で、やはり腹腰文化のせいなのか、舞踊の世界にジェロントクラシーが生れたせいで、年寄りにはきついような動きが淘汰されたのか・・・。

イタリアでも、足を出し短いシャツを着ているグループは跳躍を奨励し、永い上着の階層は、すり足をよしとしている記録があるので、案外当たっているかも しれません。あと、16世紀にイタリアに入ったドイツ人ユマニストが、友人の娘の依頼で、ダンスの解説譜を持って帰ったことが分かっています。その頃のド イツでは、宮廷でなく、ブルジョワ同士の舞踏会がすでに始まっていたらしいのです。今に続くゲルマン人の「社交ダンス」の伝統は、できつつあったらしいの です。そういえば、この研修にはオーストリア人のダンサーが参加しているので聞いたら、オーストリア人は、11月の初めから、25日まで、1月半ばから灰 の水曜日まで、本当にみんなが舞踏会に行くのだそうです。(新年の舞踏会は特別枠)フランスでは19世紀ダンスの中に入っているポルカがオーストリアでは フォークロリックのカテゴリーで別扱いというのも知りました。子供は15歳くらいから両親と行くそうで、地域別、職業別、学校別といろいろあり、必ず生の 楽団が演奏します。

15世紀ダンスでは、同じ曲でも、演奏する楽器によってステップの拍が変わるのも興味深いでした。リュートは流れるように、打楽器がついているのは区切 りをはっきりとします。バロック・バレーだと、曲がそれを決定します。

即興の装飾がすべてステップにくるのも意外でした。バロック・バレーでは、装飾を受け持つのはむしろ腕の動きです。15世紀ダンスは、肩の動きはありま すが、腕はほぼ不在、手をつなぐときも指1本というのが普通で、その代わり、ステップの即興性が結構高く、装飾を書き留めたものもいろいろ残っています が、二人で並んで踊っていても、男と女で装飾が違ってもいいので、ちょっと当惑します。シンメトリーの感覚も違い、この頃のシンメトリーはゴチック教会の トリプティックが基本、たとえば真ん中に十字架のイエス、右にヨハネ、左にマリアというので対になっているので、いわゆる左右対称というのとは違うので す。

バロック・バレーに比べるとプレザンスも不在です。プレザンスとは、王のいる場所です。バロック・バレーでは、お辞儀は王に向かってしますが、15世紀 ダンスでは、基本的にパートナーに向かってする、しかも、たとえば男が始めて、それに答えるように少しずらして女が続くというような対話性があります。

足のポジションは基本的に平行です。これは私には大きな疑問です。15世紀ダンスからバロック・バレーへの推移の鍵となるのはいかに体の重さを感じる か、体を運ぶことを意識化するかということだと思うので。足を外開きにすることについては、ピエール・ラモーがはっきりと、これによって、体をしっかり支 えて・・・などと言語化しています。でも、これはやがてエスカレートして、今のクラシック・バレーに見られるように、脚の180度外開きのようになって、 安定の心地よさから離れていきました。日本舞踊の内股はどうでしょう。内股ポジションはバロック・バレーにおいてははっきり道化のポジション、外開きのパ ロディです。日本のすり足では、安定はそもそも腰にあるので、足が内向きだろうが平行だろうが外向きだろうが関係ないのでしょうか。私は個人的には、肩幅 より狭い平行足では、身体感がつかめません。 音楽的には4種のミズーレしかありません。

 1.バサダンサ4分の6  2.カデルナリア4分の4  3.サルタレッロ4分の3または8分の6  4.ピーヴァ4分の2または8分の6

面白いのは、2拍子とか4拍子は当時すべて、「ドイツの」と形容されていたことです。 2は1より6分の1速く、3は1より3分の1速く、4は1より2分の1速い。

比較文化的な話題としては、バルバラが私たちを見て、皆個性的だと喜びながら、しみじみと、自分には解けない謎がある、それは、イタリアでも、パリで も、アメリカでも、クラコヴィーでも、みな、同じことを教えても、一人一人個性的な動きをする、ところが、ドイツ人だけは、何かを教えると、ぴったり、一 糸乱れずシンクロするのだ、ミステリーだ、と語ったことです。それは教師を見るだけでなく自然に相互チェックするからではないか、ひょっとして日本人もそ うかも、と私が言うと、バルバラは、日本ではそんなことはなかった、他と同じでみなのびやかだった、と答えました。でもよく聞いてみると、ウンビーノでの 研修に参加した日本人のチェンバリスト(よしこさん)の招きで、1990年に日本に教えに行ったので、生徒はバロック系の音楽家やダンサーばかりだったと いうことですから、「普通の日本人」とは言えないかもしれません。京舞の井上流のおけいこ風景などは、ずらっと並んだ踊り手が、一糸乱れず完全にシンクロ してロボットを見ているようだといいますから、どうでしょう。

でも、日本でも、江戸期とかの庶民のイメージからすると、民衆レベルでは、ほんとは好き勝手が自然だったという気もします。軍隊とかで、兵士がしごかれ たりするのも、本当は、あわせてびしっとするのが日本人は嫌いだからなのかもしれません。ドイツ人は庶民でも、ぴしっとしているような・・・北朝鮮のマス ゲームとかもちらっと思い出しましたが、アジア人の方が、文化的にはともかく、本性的には、心の欲するところに従っても矩を超えず、みたいな緩やかな連帯 が好きなのかもしれないとも思います。ゲルマン人はほっといたら緻密に自己組織化しそうな感じです。

ヨーロッパにいると、似たようなところで、似たような文化が交流して歴史的にも分かちがたく混ざっているのに、民族の差も確かにあると分かって、楽しい です。そういえば、10日前、マルセル・ブノワ女史のサロンでのスペイン音楽コンサートに行きましたら、アルベニスはともかく、スペインに長く滞在したス カルラッティとか、スペイン人よりもスペインらしい曲をかけると自負していたラヴェルなど、国とか、音楽のスタイルについていろいろ考えさせられました。 スカルラッティのピアノ曲にカスタネットが入るなど、新鮮でめずらしかったです。

ではこの辺で。何かご意見や情報のある方はおしゃべりルームにでも書き込んでください。(2005.10.26)

Pigmalion

シャトレー座にラモーの1幕ものバレー・オペラ『ピグマリオン』を観に行きました。スピリチュアル・コンサートのエルベ・ニッケとアメリカ人 振付師のキャロル・アーミテージの組み合わせです。最初に、ナンシーのロレーヌ・バレー団の『Ligeti Essais』というのから始まって驚きまし た。ラモーに気をとられていて、現代ものが第一部にあることを忘れていたからです。15の短い曲をつなげて、ソロやデュオやトリオやいろんな組み合わせ で、いろんな感情やシチュエーションを表現するというものですが、退屈で、寝てしまいそうでした。体の動きが面白いとかいっても、なぜか、私には、最近も う人間の体がきれいだとか、動きが面白いとか思えなくなっているのです。

オリンピックで体操競技を見たりすると、技の難しさとか、失敗のリスクとかにそれなりに興奮できますが、現代ものの舞踊で美しさに感動するというアンテ ナが壊れてしまいました。

それで、ピグマリオンの方は、歌もコーラスもあり、バレーが歌のところにも同時に入ってバランスも良く、楽しめましたが、ラストのように明らかに踊りが 入ってほしいところに、まったく動きをつけないなど違和感もありました。このオペラの振り付け譜は残っていないのでしょうか。一ヶ所、バック・スクリーン に飛び立つ鳥のシルエットが映し出されたのは印象的でした。私は、ミオンのオペラ復活に向けてもう何年も振り付けを研究しているのですが、去年やはりシャ トレー座で観た『パラダン』で、ヴアーチャルナイメージをふんだんに使っていた効果に感心して以来、別に人間の体は必要ないと思うようになっています。バ ロック・ジェスチュエルをもっとも効果的に使ったアニメ、バロック音楽のダイナミクストぴったり使った動きを配したら、生身のダンサーは1人でも足りる気 がします。

生身のダンサーは、観客のためというより、演奏家にとって、そのダンサーの体を持ち上げたり落としたりする感覚を喚起するために有用なので、まったくア ニメだけというわけにはいきません。それにしても、バロックのバレー曲に、そのエスプリに合ったアニメの振り付けが出来れば、ディズニーの『ファンタジ ア』をはるかに超える心身音楽体験が出来ると思います。予算的にも、オーガナイズ的にもバレー団を動員するよりずっと実現可能性が高そうだし。絵は自分で 描けますがデジタル・アニメのノウハウはないので、まだ先が見えません。(2005.6.12)

ふたつのコンサート

フランスは学年末なので、発表会やコンサートがいろいろある時期だ。私は、6月3日にヴィオラで室内楽コンサート、5日に生徒の発表会をかね たトリオのコンサートに参加した。

ヴィオラは、ボワモルティエの2台のオーボエと通奏低音のトリオ・ソナタ、ヘ長調。第2オーボエのパートをヴィオラで弾く。だから高音が多い上、オーボ エの音に負けないよう強く弾かなくてはならない、もう5年も一緒に弾いているソフィは、元柔道チャンピオンで、うちの近くのコンセルヴァトワールの大人の クラスでオーボエを始めて10年くらいになる。でもこの人は、アリトミックという珍しい欠陥のある人だ。彼女の息子は私の生徒だったことがあるが、やはり アリトミックだったので、遺伝性なのだろう。つまり、いわゆる音痴は音程を正しく認識出来ないが、アリトミックは、律痴というか、リズムの観念、音の長さ の認識がないのだ。もっとも、曲のCDを繰り返して聞くとか、メトロノームと一緒に弾くとちゃんと弾けるのだが、音の長さを記憶できない。四分音符で弾い ていたものが、8分音符になり次に2分音符になったりするともう基準の速度が分からないのだ。私が足でテンポをとったりして助けるとどうにかなる。そもそ もアリトミックの人が、いったいどうして楽器演奏を楽しめるのか、それ自体が私には謎だったが、まあ楽器のテクニックはそれなりにあり、私はオーボエの音 が好きで、弦との響きが気持ちいいので、何年も続いている。今回はボワモルティエなので、絶対弾きたかった。彼女もバロックが好きで、これも、どうしてア リトミックでバロックが好きになれるのか私には理解不能だが、まあこれはここのテーマではない。

実は、私は1楽章のラルゴの出だしで躓いたのだが、ソフィには私の音がどうせ聴こえない。私がどう弾こうと、ソフィにはソフィの世界があるのだ。いや、 ソフィとのことを書いていると、バロックどころではなくなるので、5日のトリオの方に話を移そう。

5日は記念すべき日だった。2003年秋の日本での演奏ツアーから帰って以来、私達は、ラモーのオペラからイ長調の組曲を練習していた。ラモーはとにか く難しい。ものすごく頭を使う音楽だ。日本で弾いたミオンの組曲はすべてニ長調とニ短調に編曲していた。ラモーはイ長調とイ短調とにまとめた。色でいう と、オレンジからブルーになった感じで、透明な明るさが加わった。室内楽ではなく、すべてオペラのオーケストラ全パートを忠実に再現している。ほとんどア クロバティックなテクニックもある。オペラは、『ゾロアストル』と『ボレアード』と、『ダフニスとエグレ』から、ギタリスティックなバレー曲9曲を選ん だ。どの曲も、徹底的に解釈、奏法について議論してきたので、ラモーのいいところがすべて出ている。バロック・オーケストラが弾いたCDも聞いたが、装飾 音など、弦楽器主体のオリジナル・ヴァージョンより、私達のギター(撥弦楽器なので装飾音のテクニックはすごく難しくなる) の方が、繊細で光に満ちている。どんなチェンバロより美しい。ラモーに聴かせたい。最後のオペラ『ボレアード』は生前に上演されなかった。数学者であり稀 代の理論家だった80歳の男の作曲した難易度の高いバレー曲のフレッシュさ、軽さ、無垢さ、愛らしさは感動的だ。

がっかりしたのは、演奏を聴いたオルガン奏者が、あとのパーティで、「3台のリュートで聴いてみたいですね」と言ったことだ。多分、古楽器で聴いたらよ りラモーの原意に近いとちょっと思ったくらいの軽い意味だったのだろうが、我々にはショックだった。私達のメンバーはチェンバロも弾けるしリュート(3台 のリュートなんて大体、ルネサンスだ)も弾ける。バロック・アンサンブルでも活動していた。その上で、クラシックギターという楽器が、いかに進化して洗練 され、大きな表現力を持つようになったかを認識して、ラモーやフランスバロックをギターで演奏しているのだ。バロック音楽は、古楽などといわれ、例えば モーツアルトを古楽器で弾いた方がオーセンティックだということで、いわゆるブームにもなった。それは、過去にバロック音楽が、まるで気の抜けたロマン派 のように弾かれてきた長い歴史を塗り替えることでは画期的だったが、逆に古楽器にこだわって、いまや一種のスノビズムに陥っている人も少なくない。

私達のトリオは、ギタリスト達が、レパートリーにちょっとバロックも加えとこうかというので古楽の猿真似をしているのではない。今、ラモーに、ボレアー ドのいろいろなヴァージョンを聴いてもらったとしたら、私達のヴァージョンが一番気に入ってもらえると自信があるくらいだ。今、バロック音楽だというの で、聴く方が、「やっぱり古楽器じゃなくちゃ」などと先入観を持つのは悲しいことだ。

2003年に作ったミオンのダイジェストCD の後で、『ニテティス』の組曲のCDを完成させようと思っていたが、次はこのラモーの組曲を録音したい。その次に準備しているニ長調の組曲は、さらに難し く、さらに美しい。演奏や解釈が困難なほど、曲はシンプルに自由にうきうきと響く。次の組曲を仕上げるにはまた後2年くらいかかるだろう。

その前に、ミオンとラモーを組み合わせてもう一度日本に行き、紹介したい。ラモーの組曲は近く、ラモーをもっとも理解しているバロック学者であるマルセ ル・ブノワ女史のアパルトマンに行って弾き感想やアドヴァイスをもらう予定だ。ネット上でラモーについて議論しているグループもあり、錚々たるバロック奏 者もいるので、彼らを招く公演も秋にする予定だ。 (2005.6.11)

Air Tendre

Air Tendrea の楽譜は、今私達のトリオが練習している場所から採りました。ラモーのオペラ『ゾロアストル』の中の Air Tendreの3小節目のヴィオ ラ・パートです。 原曲はニ短調で、これはギタートリオのためイ短調に書き換えています。

これが、ほぼすべてのバロック・オーケストラの録音では、b のように弾かれています。実際は c のように弾かなくてはならないはずです。  Tremblement appuyé であり、バロックのトリルなので高音から始まるのがスラーになっているので、装飾音が後ろに流れ込むのです。この曲は一見やさしそうで、簡単にあがると 思っていましたが、細かい解釈について議論を重ねているうちに1月以上経ってしまいました。先日音楽教師でカメラやヴィデオが趣味のカロリーヌが私達の練 習風景を録画したのですが、それを見ると半分は議論でした。 この解釈については、ほぼ正しいと思います。バロック音楽奏者で、 こういうケースを見たら、c のように弾いてください。 テンポが速いとほとんど違いがなくなりますが、こうやって装飾音が後ろによると、フランス・バ ロックに特有な「ずれ」が生じて、体のゆれや息継ぎの仕方が変わってきます。 b のように弾くと、昔のように、バロック音楽って何だか退屈でたらたらし ているとか誤解されます。こういう仕掛けの積み重ねが人工楽園で脳を刺激するバロックを作るのです。 (2005.4.28)  

Sarabande

Air Tendre これは、私の仲間のフランスバロック学者Hが私のために作曲してくれた無伴奏ヴィオラのためのサラバンドの出だしです。サラバンドといえば、有名なヘンデ ルのを思い浮かべる人には、一人目で、これがまったく雰囲気の違うフランスのスタイルだとお気づきでしょう。これを、体が動くように、振り付けが自然に生 まれるように弾く為には、二分音符=60位のテンポが必要です。 大問題は、そのテンポでひくには、ヴァイオリニスティックに弾くしかないことです。ヴァ イオリンの弦はヴィオラより細いので、弓が上滑りしてもきれいな音が出るのですが、ヴィオラは、パンにバターを塗り込む様に弾けと言われています。コンセ ルヴァトワールの学生の間には、ヴィオラ奏者をからかう小話がたくさんあり、どれも、ヴィオラ奏者は速いボウイングができないという趣旨なのですが、ヴィ オラをヴィオラらしく弾くためには、弓を練り込むのが必要で、速く弾けないのです。

このサラバンドをどう速く弾くか、はじめゆっくり弾いてだんだんテンポを上げていくべきかと先生に相談したら、最初から指定テンポで弾くしかない、弓をた くさん使わず、弦の表面をかするしかないということでした。そうやって弾いたら、確かに、華やかで繊細で、コケティッシュでちょっと気の強いわがままなサ ラバンドが浮かんできます。でも、まったくヴィオラ的じゃないのです。ヴァイオリニストにヴァイオリンで弾いてもらった方がいいのでは、と悩みました。作 曲者のHに言うと、ヴィオラ的でないと意味がないので、テンポを落としてもいいとのことでした。テンポで表現できないことを分節やバロック的な弾みで補え ないかと研究中です。

このほかに、やはりまったくフランス的な ouverture もあるのですが、私はすっかり気落ちして、 アルマンドを作曲してくれるように頼みまし た。イメージしたのはバッハの無伴奏チェロ組曲のト長調のアルマンドです。3日で仕上げてくれたのは、バッハ的で、でも、Hの個性のある曲でした。でも、 やっぱり、あまりにもドイツ的なのです。ouverture やサラバンドと同じ組曲に入れるわけにはいきません。ドイツっぽい組曲も別に必要になりま す。こういう時、本当に、自分がいつの間にかフランスバロック体質になりきっているのを感じます。同じ仲間のMも、チャイコフスキーのシンフォニーを久し ぶりに聴いてショックを受けたといいました。言葉に表現できないようなので、「わかるわ、和音が、casserole みたいに聴こえるんでしょ」と私が 言うと、喜んで同意しました。「casserole みたいに聴こえる」と言うのは、鍋釜をたたいているように聴こえるということです。フランスバロック の、 末梢神経から絶妙に体を伝わり震わせてくれる甘美な不協和音を聴きつけていると、大チャイコフスキーの音が、ロックの絶叫みたいに聴こえるのです。

一見、自分の許容範囲がせばまったかに思いますが、むしろ視野がミクロの宇宙に突入して、その中で新しい視野がどんどん開けてくるようです。 この錬金術はとても気持ちがいいので、少数でも他の人に伝えてみたいです。私にはHとMという親友がいて分かち合えるので幸せですが、日本の友達とも分か ち合いたく、これまでに『からくり人形の夢』や『バロック音楽はなぜ癒すのか』の2冊でその準備をしました。このHPのコーナーでは、解説を意識せず、自 由に書いていきたいので、「分かんないや」と思う方は無視してください。偶然フランス・バロック愛好家や専門家が読んでくださったら、ご意見やアドヴァイ スなどうかがいたいです。(2005.4.15)


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